「石岡瑛子 Iデザイン」展

大人の女性研究所
ネリー
ネリー

偉大な女性デザイナーのお仕事を観てきました

各地の美術館で巡回展開催中の『石岡瑛子 Iデザイン』展についてのレポートです。

彼女は、従順で可愛いく男性に守られるのが広告業界の描く日本女性の定番イメージだった60年代に、肉感的でタフ、anarchismさえ感じさせる美しさを正面から堂々と打ち出し、新しい女性像をクリエイトした、すごいデザイナーです。

1966年に前田美波里さんをモデルに『太陽に愛されよう』のコピーでセンセーショナルな話題を巻き起こした資生堂のポスターは、あまりにも有名です。

資生堂を退社し、フリーランスになってからの仕事ぶりも目覚ましく、70年代にパルコが中心になって新しいカルチャーを創造しようとしていたムーブメントの中心で、まさにそれを作っていた張本人。

『西洋は東洋を着こなせるか』のポスターは伝説級のかっこよさで、ポスターが作られた20年も後の90年代後半に、田舎町の図書館の美術コーナーでそのグラフィックをはじめて観た私は、その世界観と問いかけに痺れててしまったのでした。そして、今観ても、相変わらずカッコいい!!!!

10代の時にドキドキして魅了されたグラフィックデザイナーの仕事をまとめて観れる、幸せ。

しかも、大量の作品の中には石岡瑛子の言葉も綴られていて、それがまた、とってもカッコいいんです!

ご自身の仕事の心情について語ったものなのですが、言い訳や曖昧に暈した表現がなく、ピシッピシっと短い言葉で言い切っていて、そのカッコ良さにますます魅了されてしまいます。

私がグラフィックデザイナーを仕事にして、今11年ちょっと経ったところですが、その間の殆どが、1つの会社にグラフィックデザイナーが私1人だけの状態だったので、(規模は小さいながらも)会社の出す全てのグラフィックに責任を持ち、マーケティング担当もいないから休日に自分の時間を使って顧客ニーズや時代の表現をリサーチし、職場では毎日120%の力でひたすら考えては手を動かして作り続けてきた日々でした。

雇用形態は期限付きの非正規だけど、そんなことは関係なく、デザインの責任は全て自分にあり、スキルを教えてくれる先輩も誰もいない場所では何か問題が起きた時には己の力で解決し、道を切り開いていく他にありませんでした。

だから余計に、彼女の矜持、デザイナーとしての責任の取り方、自分の中の何を信じて作るのかという表現者としての姿勢、そういったものがバシバシ刺さって、刺さりまくりました。

珠玉の如き言葉の全てが、これからもこの道で仕事をする自分を勇気づけてくれると直感できます。

『デザイナーもアスリートと同じで、徹底的に自分を鍛えないと。そしてオリジナルな何かを生み出せないと、サバイブなんてできないですよ。』

『世界をリードするすぐれた表現者は、異口同音に私に向かって語りかける。表現者にとって最も大切なことはDiscipline(鍛錬)だと。』

『問題がない人生、問題がないプロジェクト、問題がない創造というのはあり得ない。問題をどう解決しようかと考えるその瞬間に、創造もできないエネルギーが湧いてくる。』

『いつも崖っぷちに立っている、そんな実感があるわね。ヘタをすると落っこちて命を落とすわけだけど、そこに踏ん張って生き残るみたいな…そういう瞬間が何度もある。クリエイティビティの本質はそういうことの中にありますから。』

デジタルツールの進化は目まぐるしく、デザイン、特にグラフィックデザインの仕事は、表層を体良く整えるだけのものと思われがちですが、そんな事は決してなく、優れたデザインはアート以上に物事の本質に触れ、時代を変える力を持ちます。

この事により多くの人が気づいてくれることを、石岡瑛子の仕事を通して願わずにはいられません。

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